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2017年7月16日 (日)

何故、こんな所に来てしまったのだろうという

高校生、大学生、社会人は必然的になるから知らない。
京都の外国語の単科大学だったが、最終的に出て来たのは、
日本語を極めまくっている異彩とも言える教授で幕を閉じた。
失礼かもしれないが「異彩」も歯車の一つであり、
自分が不愉快だという状態は、人にとっては快かもしれない。
つまりは、荒廃しているわけでもあるなし、社会人も職場の
そのパワーバランスで成り立っているし、しかたない。
記憶にあるのは「名前」とは、そこから意味があるのではなく、
常に意味を巡って争いや動きがある的なことだった、定かではない。
つまり、その「名前」の意味の異彩としての一端になったかもしれないわけで。

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